近畿地方の桜が満開となった直後の先週(2020年4月上旬ごろ)、天気が大荒れになった。
数日に渡ってまとまった雨が降り、風が吹き荒れ、気温も下がった。僕は近くのガソリンスタンドに石油ストーブ用の灯油を数リットルだけ買い足しに行かなければならなかった。夜になっても風が強く吹き、風がつくる物音のために、何度か目が覚めた。
これは例年やってくる、春の嵐というやつだろう。
毎年この時期になると、強い低気圧が西から東へと移動していくのだ。
季節の変わり目には天気が崩れやすいというイメージは、こういう出来事の記憶の積み重ねによるものだろうと思う。
僕は、3年前のちょうどこの季節に高知の足摺岬付近を一人旅していたことを思い出していた。
高知県の西南部には広大で美しい砂浜が見られるのが特徴であり、その開放感のある風景と、湿り気を含んだ生暖かい空気が僕を惹きつけるのだ。
白い砂浜を歩き、森の植物に癒やされながら写真を撮影するうち、天候が急激に変わっていく。降り出した雨がどんどん強さを増していき、風も強くなっていく。砂浜には大波が打ち寄せる。高台から見ているうち、波のスケール感が分からなくなってきた。打ち寄せる白い泡波は、今朝歩いていたあの広大な砂浜を全部覆い隠してしまうほどだった。
しまいには車から出られなくなるほどの暴風雨になってきた。駐車場に停めた車は風圧でぐらぐらと揺れている。雨は真横に飛んでいる。満開の桜の木は揺れながら、車のフロントガラスに流れる雨筋に溶け込んで面白い光景を作り出していた。
外に出られなくなってしまったので、心を落ち着けて車の中でこの暴風雨の午後を過ごすことにした。
カーナビのテレビで落語をやっていたのでこれを見る。おなかがすいたので、道の駅で買い込んだ土佐文旦をむいて食べる。ボリューム感のある一房一房をゆっくりと噛みしめて。これがまた美味しくて。フロントガラスに目をやれば、桜と雨筋が織りなす美しい光景があいかわらずそこにある。こんなふうに過ごすひとりの時間もいいものだ。
夕方近くになっても雨はまだ強く降っていた。仕方がないので、お気に入りの日帰り温泉(ネスト・ウエストガーデン土佐)まで移動。夕暮れ時のお風呂を楽しんだ。この温泉には露天風呂はないのだけれど、夕暮れ時(日没から30分~1時間のブルーモメント)のタイミングで入浴するのがとても好きだ。浴場の窓から遠くに見える海と空との青さを浴槽から仁王立ちで眺めていると、センチメンタルな旅情とでもいう感覚が湧き上がってくる。うまく言葉にできないが「少し心細いような気がするけれども、僕は確かに旅をしている。」という感覚だ。
外はもう真っ暗だが、雨はまだまだ降り続いていた。「ほんとによく降るなぁ。」とつぶやきながら、ほか弁でカツカレーを注文した。うまい。
今晩もひとり、車の中で泊まる。車の天井に当たる雨音の大きさから、雨粒の大きさを想像していた。もう寝よう。
夜中にトイレに行きたくなって目が覚めると、やけに静かだった。やむことを忘れたかと思われるほど強く降っていた雨が、嘘のようにあがっていた。雨があがったばかりか、なんと空には満天の星空が出現していた。しばしトイレにいくことも忘れてじっと空を見上げていた。満天の星の間を西から東に向かってツーーーーーーーっと移動していく光を見た。結構はやい。初めて見たが、多分これが人工衛星なのだろう。美しかった。
朝、砂浜におりてみた。
あれだけ激しく打ち寄せていた大波は、もうそこになかったが、砂浜には打ち上げられたばかりのたくさんの漂流物が、とても静かに並べられていた。
水族館で見たことのあるような魚の死骸を見つけた。